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雑記1147

yoshinashi stuffs

FANCL

インターン(3日間)に参加させて頂きました。

こちらは純粋にワークに取り組むだけですが、ワーク作成・当日運営・社員派遣交渉などとてもいろいろと準備してくださったのだと感謝しつつ行っていました。

職場見学とのことでオフィスをぐるりとしました。蛍光灯の下、スーツ姿でパソコンに向かう大勢の社員の方々を見て、「これは違うな」とふっと冷めてしまいました。自分がそこで働いているイメージが全くできなかったのです。いろいろな企業を回りましたがこれほど"誠実"な会社はないと見えており、信頼はしていただけに残念でなりません。
そうなると会社が悪いのではなく、自分が悪い(もしくは合わない)となりませんかね。

既に押されてあった社会不適合者の烙印をしっかり見てしまった感覚でした。

ワークに関しては、経験があったので他の人よりも道筋が見えていたのでやりやすかったぐらいの感覚です。失うものはないので一度も遠慮せず自由にやらせていただきました。やらざるを得ない状況(に見えた)とはいえ、人に指示を出す時は錆びた刃物で胸をガリガリされているような気分で好きではない... 
しかし同時に、罪悪感に苛まれながらも、自分だけではやりきれないので仕事を振って効率的に目標達成を目指すという作業は楽しくもありました(どっちだ)。
理由は、新しい体験だったから、と、精神的にMであるから、の、2つなのではないかと

しっかりした二人の女性と議論をやりきったことは楽しかったし収穫。インターンの生長の幅は自分以上だと羨ましがったり。


仕事を振る人、振られる人っていますが、社会通念的に仕事を振る人ほど高評価・高収入・偉い、というイメージがあります。これに疑問を感じました。
振る人はそれがより得意だからやっているだけで、振られる人もそれがより得意だからやっている(または振るのが得意でも他人から認知されていない)のではないでしょうか。
そうすれば適材適所ということで格差はない気もしてきます。振る者・振られる者、これらは相関関係で価値を生み出すのであると考えてもやはり格差が出るのは道理に反したこととも考えられます。
頭を使う人が偉いのでしょうか。手を使う人が偉いのでしょうか。 後者が多いこの世界では相対的に前者の価値が、社会というフィルターを通してみると、高く見えるのは仕方ないこととして飲み込むことはできますけど...


もやもや